Yくんへ
先日はありがとう。
歳をとるにつれて、進路を決めるにつれて、可能性は減ってしまう。それは、その通りだなぁと思う一方で、可能性は広がり、深まるのではないか?とも考えていました。
私は今でもまだ、自分の仕事について、これが私の仕事だ、と言うことに迷いがあります。(迷いを持って、仕事するなよ、と言うのはもちろんですが)
この違和感は、どこから来るんだろう?
単純に、自分の理想とのズレがそう感じさせているのかもしれません。
自分の進路を呼称してしまうことに、怖気付いているのかもしれません。それは、ある意味で他の選択肢を諦めるから。
名称に対しての恐れがあるからかもしれません。それは、すでに活動・活躍している人と自分を比べてしまっているから。
ただ、進んでみようと思った道に足を踏み入れれば踏み入れるほど、専門性は深くなるし、細分化されていく。そう言う意味で、可能性も選択肢も広がると感じています。
割とどんな選択肢でも肯定される世の中になったからこそ、可能な限り、自分自身が納得いく選択をしていきたいよね。
追伸
最近、自分がどうしてそう感じたのか?考えたのか?という原因を考えるようにしていて。そこにヒントや改善策があるかもしれないから。先日送った内容が、その行き着いた結果だけを送ってしまっていて、あまりにも乱暴だったのではないか?と反省しています。
「断片的なものの社会学」という本、はじめは読みにくいなと感じてしまうかもだけど、この前話した内容に近いものがあってオススメです。解決策が載っている、というわけではないのだけれど。
深夜発の登山、楽しみにしています。